【大橋良浩先生】ICTが切り開く失語症リハビリテーションの未来
ICTが切り拓く失語症リハビリテーションの未来
―大橋良浩先生

はじめに:リハビリテーション現場における時代の変化
「言葉」を失うということは、単に意思疎通が不自由になるだけでなく、社会参加が困難となるケースも少なくありません。
脳卒中などの後遺症として現れる失語症のリハビリテーションは、これまで言語聴覚士という専門職の献身的な努力によって支えられてきました。
しかし、医療費抑制の波、病院経営の合理化、そして専門職の人員不足。
厳しい現実の中で、リハビリテーションはどうあるべきなのでしょうか。今回、私たちは言語聴覚士として臨床現場で活躍され、現在は京都光華女子大学で教員としてご活躍されており、コトサプ・リハサプの開発にもご協力いただいている大橋良浩先生にインタビューを行いました。
臨床現場で感じていた課題。
毎日の準備や管理タスクを削減したい。
―先生が臨床を行う中で感じていた課題を教えてください。
先生:私はこれまで主に急性期病院で勤務していましたが、その中で特に感じていたのは、アナログ作業によるSTの生産性の問題です。
何百枚もある絵カードを一枚ずつ選び、バッグに詰め、バラバラにならないよう輪ゴムで止めてベッドサイドへ向かう。それを患者さん一人ひとりに対して行います。
この準備作業は意外に時間が掛かり、1日のセラピー時間を圧迫する要因にもなります。
使用したい絵カードを他の人が使っていることもありますし、日々変動する失語症者の症状と、準備した絵カードの難易度がマッチしないこともあります。これは、アナログ教材における大きな弊害だと感じています。
もう一つは、失語症のリハビリにかけられる時間の少なさです。
急性期の病院では、STのリソースの多くが嚥下リハビリに割かれます。誤嚥性肺炎を防ぎ、栄養を摂取することは「命」に直結するため、これは当然の判断です。
ただ、その分、言語リハビリはどうしても時間が制限されがちです。言語機能は回復期や他院以降も回復の可能性がありますが、急性期から介入できるのであれば、それに越したことはありません。
しかし、慌ただしい急性期においては、患者さん一人ひとりにじっくりとカードを選ぶ時間が物理的に足りないのです。
ICTは、言語リハビリにおける生産性を上げ、
STをサポートできる可能性がある。
先生:『リハサプ』のようなICT技術は、こうした現場の課題を解決するための重要なツールになると考えています。
アプリ上でさまざまな言語課題や絵カードを提示できるようになれば、教材を毎回探したり、それを束にしたり、印刷したりする時間を省くことができます。
嚥下リハビリで手一杯の急性期STであっても、タブレット一台で瞬時に必要な言語課題を提示でき、その場で記録まで完了すれば、限られた時間の中でも言語リハビリを提供できるようになります。
これまで「時間がなくてできなかったこと」をできるようにすること。
「できていたけれど、手間がかかってしまっていたことを軽減すること」。
それが、アプリで実現できることだと考えています。
―そんな想いがあったからこそ、リハサプの開発にご協力いただけたんですね。
先生:はい。また、アプリの可能性としては、実施したデータの記録と、データの蓄積にあると思います。
リハビリで実施した内容やその結果が自動で記録できれば、メモを取ったり書き起こしたりする時間が省けるだけでなく、回復の経過を保存し、それを可視化することができます。
さらに、そうした情報を学術データとして蓄積していくことも重要だと思います。
―ありがとうございます。データの記録や保存方法については、今のリハサプでも対応していますが、より使いやすくなるよう改良していきたいと思います。
次に、リハサプにおける今後の課題を教えてください。
先生:リハビリ現場では、まだICTツールを活用する習慣が十分に根付いていません。
特にSTにとっては、これまで慣れ親しんだ紙媒体から新しいツールへ移行することに、心理的なハードルがあります。
この壁を乗り越えるためには、病院やSTチームとして新しいものを取り入れる体制づくりが重要だと思います。
ただし、どうしても慣れるまでには時間がかかってしまうでしょう。
―私たちとしても、リハサプを初めて使う方が迷わず、見ただけですぐに使えるようなUI・UXへと改良を続けていきたいと思います。

自宅でのリハビリ機会提供を実現したい。
アプリ×tDCSの併用へ
―自主トレーニングアプリ『コトサプ』の開発にご協力いただいた想いを教えてください。
先生:現在の医療制度では、医療保険で手厚いリハビリを受けながら入院できる期限が、最大180日です。退院後も、十分なリハビリ機会を提供できていないのが現状です。
アプリは、こうした状況を改善するツールになり得るのではないかと考えています。
また、最近の研究では、言語訓練を行うと同時に、tDCS(経頭蓋直流電気刺激法)*1と呼ばれる頭部に装着した装置から微弱な電気を流すことで、リハビリの効果が向上するというエビデンスが出始めています。
*tDCS:頭に微弱な電気の刺激を流すことで、脳神経細胞の活動を調整する技術。ヨーロッパではうつ病の医療機器として承認されている。リハビリテーション分野での研究も盛んに行われている。
実は、そうした研究の多くで、アプリを用いて言語訓練を実施しています。
そこで、自宅でコトサプのようなアプリを使って言葉の練習を行いながら、tDCSを併用する。それを安全に実施できる体制が整えば、より効果の高いリハビリを自宅で展開できる可能性があると考えています。
Ghoonutsさんとは、もともと失語症に対するtDCSの研究でご一緒しており、それと組み合わせることのできるアプリケーションの開発として、コトサプは重要だと考え、今回ご一緒することにしました。
―コトサプなどの在宅用アプリの課題としてはどのようなものがあるかを教えてください。
先生:社会として、失語症者を支えていく枠組みづくりだと思います。
アプリは単体でも一定の効果がありますが、やはり言語聴覚士によるマンツーマンのリハビリを受けられることが理想です。
また、重度や中等度の方は自宅にこもってしまう傾向があります。アプリで練習をしても、実際に話す機会がなければ、モチベーションを維持することは難しくなります。
定期的に医療者と話したり、社会参加につながる機会をつくったりすること。
そうした社会全体での取り組みが重要になってきます。
また、急性期から在宅までをスムーズにつなぐデータ連携も実現できたら良いと思います。
急性期病院での実施内容がリハサプを通して収集され、回復期、そして在宅でのコトサプへと引き継がれていく。
情報が途切れずにつながると良いですよね。
失語症者の活動をサポートできる未来へ
―近年、技術の進化が目まぐるしく進んでいます。失語症のリハビリやサポートは、今後どのように変わっていくと思いますか。
先生:ICT技術を通して、失語症者が社会とつながり、コミュニケーションを取れる世界が広がっていくと良いと思います。
さらに、アバターとの会話や実践的な練習ができるようになれば、より社会参加につながっていくでしょう。
そうした新しい技術を活用しながら、失語症者をサポートできる未来を目指していきたいです。
―貴重なお話をありがとうございました。
大橋良浩先生 https://researchmap.jp/ohashi2525